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休職期間を振り返って

2020年12月3日

この一年のブログを読み返しました。

H30・5月1日無事復職が決まり、今は、過去のことをあまり考えません。今考えていることは、復職した際にできるだけ、精神の波を抑え、長く働いていきたいということです。もう過去のことは、水に流しています。しかし、決して忘れてはいけないことがある。それをブログが教えてくれました。

約一年前に、昇進と異動があり、そこから、適応障害になり休職となります。その間一番苦しんだことが、鬱への無理解と、職場の厳しい事情。何度も書いていますが、仕事関係であったことで、人は恨みません。しかし、今回の会社からの対応は、あまりに冷徹なものでした。そして、それに伴い、さまざまな機関に頼り相談しますが、決定的な判断はあくまで会社が握っているという事実が、私を苦しめました。

今回、休職することになり、いろいろな経験アドバイスをもらいましたが、今、同じ状況になったら、同じ結果にしかなりません。どうしても、職場の歩み寄りが必要です。

最後にドクターが言っていました。

困ったDr
あなたが戻れるのは、奥さんが2月に会社に乗り込んだおかげだよ。そうしなければ、あのままほっておかれてたよ

本当にその通りです。それまで、相手にすらされない状況にさんざん苦しみました。

この一年で苦しんだのは、あとは、鬱症状です。良くなっては悪くなりを繰り返します。その症状は、生きているだけで精一杯!とても仕事どころではありません。そして恐ろしいことに、これが今、治っているわけではありません。あくまで落ち着いているだけです。しかし、よほどいい会社出なければ、もはや治ったから復職したとしかとらえてくれません。そのギャップで復職できない人を何人も見てきました。

希死念慮など重大な症状な症状にも長い間苦しみました。家族も寝れなくなるなど、迷惑をかけてしまいました。

この一年はそういった人生の中で一番つらく、また社会の闇を味わってきました。しかし、同時に、人生で一番支えられた一年でもありました

うつ病を発症してから、誰にも言えませんでした。クローズに生きてきました。それは、言わなかったのではなく言って不利な状況ができることを知っていたからだと思います。そして、今までは、自分にすら精神疾患を認めさせませんでした。診断も、症状もあったのに、何とかして見せる、みんなも頑張っているからと理由をつけて。そしてそれはとても辛い日々でした。

まず、リワークで同じ経験をした人たちと出会い、そして話ができたことがとても大きかったです。初めて、精神疾患が共有と理解、それが大切だと感じました。オープンにする必要性を感じた私は、それから、自分と関わる人にはできる限り包み隠さず話すようにしました。

オープンにすることによって、会社などではすでにつらい経験をしました。もちろんプライベートでも理解できない方からは、いろんな意見をもらいました。それでも、支えようとしてくれる人、理解を見せてくれる人も多く、温かさを感じることも多くありました。

ブログ、ツイートも始めました。今までソーシャルは一切しませんでしたが、、、結果、多くの温かい言葉をいただき支えられました。

仕事は、実質クビ宣言まで行っています。体調も日常生活もままならない状況でした。生きているだけで辛かった。何度も挫折しました。何度泣いたかわかりません。

しかし、そのたび、多くの方が励まし立ち上がってこれました。さらに、結果もしっかりと復職できました。

多くの支えの中でも、家族には本当に負担を掛けました。お金もなく、息子は積極的に電気などを消してくれました。泣いている自分をさすってくれたのは娘です。

妻は仕事も忙しい中、私の話をよく聞いてくれました。ずっと、支えてくれました。一番そばで見てきて、そして、一番しっかりと私を見守ってくれました。実際何度も命も救われました。何度感謝してもしきれません。

 

私は、絶対に忘れません。今回の復職が、みんなのおかげであることを!!

私は、絶対に忘れません。自分を大切にして、永く仕事を続けることが恩返しだということを!!

 

この一年は、仕事のほかにもお義父さんの介護や、自分の生き方を考える良い時間となりました。そして、自分という人間が見えてきて、これから何のために行動する時間となりました。

いろいろな感情がありましたので、一概には言いにくいのですが、私にとって、大切で必然で、そして、生きてきてよかったと思える一年でした。

最後に、関った皆様。ブログを読んでくださった方々。

感謝!

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