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障害者と呼ばれようが...

障害者が働ける職場ではない(こちら)

今回休職してから、(自分で障害であることを受け入れなければ会社にも迷惑をかける)そう受け止めていた。実際言われたとき、その言葉よりも、そう発言した人の目に激しくショックを受けた。何の感情もない、明らかにさげすんだ目だった。

復職後も、ウツを含め、やはり偏見ととれる態度はよくされたものだ。今回だけでなく、鬱と言っただけで、偏見のあらしの状態である。これは、世間のどこにでもあることなので想像しやすいかもしれない。私も少なくても明らかにそういう態度をされることは多くなった。

このブログを始めたのは、鬱などには、共感、寄り添う心の大切さの事実を伝えることが一番の理由だ。今も変わらない。

今思う

それと同じくらい伝えたいことがある

私自身、健常者としても、障碍者としても見られる人生である。

障害者に見られることで、唇裂な言葉や態度をとられることすらあった。少数ではあるが周りの態度が変わる人も多くいる。

しかし、自分は変わらない。鬱になっても胸を張って生きた。元気になった今も胸を張って生きる

自分は、健常者であろうが障害者であろうが自分は自分なのだ

その境界がなく生きることができる

これが本当の意味のノーマライゼーション(ノーマライゼーションについてはこちら)の完成である

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