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生意気なガキ キートン

20年前、仙台市の福祉専門学校に通っていた

当時は、就職氷河期。介護士ですら就職先は少なく倍率10〜20は当たり前だった。今では信じられませんよね

そんな中、私は幸運にも実習先から声がかかった。しかし、それを断り就職したのは(小さなラーメン屋)だった。

給料も全て含めて15万。休みは週一。朝から晩まで。それでも、好んでそこで働くことを決めた。周囲の反対をよそに。

一つは祖父の『若いうちは苦労を買ってでもしろ』の言葉に従った。この悪条件はそのものだ。そして、それ以上にその店主に学びたかったからである。

学生時代バイトをしていたのがその店だ。父のように思っていた。店長もよく飲みに連れて行ってくれた。わからないが、息子のように接してくれた。

そんな就職も2年で終わる。理由は不信感である。信じきれなかった。

当時、2号店を出すのが夢と語り、私を育てたいそう言っていた。

忘れもしない。隣の洋服店が夜逃げをしたビルが壊された。その高く積まれた瓦礫の山で仕事終わりにタバコを吸った。

私がいないと思ったラーメン屋から聞こえてきたのは、当時働いていた同僚の陰口だった。「キートンの態度が悪い!」当時は、純粋だった。信頼していた同僚の言葉にすっかり人間不信。その後店長にも態度を悪くする。

恩を忘れて…

今ならばそんな言葉は跳ね返す。しかし、生意気な私は店を後にした。

20年経った今、謝罪と当時の感謝の手紙を送った。

ずーと送りたかった。謝りたいのは私が罪を償いたいだけの一方的な謝罪である。

それでも、迷惑だろうが送らせてもらった。

ただ、感謝を伝えたくて

 

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