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クソを喰らっても働く

元々、汚い言葉はあまり好きではない

今回の話は、現代社会が汚れていてあまりにも過酷であると言いたいわけではなく、働くと言うことはそのくらいの覚悟がいると根性論を言いたいわけでも当然無い

私リワークから無事復職できた大きな要因であることを伝えたくて記した

今回はクソは「最低限度のプライド」と解釈する

プライドは高すぎるのはとても困るが、プライドを持たず、のらりくらりと働く人はもっと困る
適度に、いや、やはり最低限度。それは、理想的だと思っている

しかし、私が復職すると言うことは、最低限度のプライドを維持できるほどの状況ではなかったし、周りも許さない人は多かった

うつ病から復職することの多くは似たような経験をする人は多いようだ

今までの記事では、主観的に「何を言われようが!」と表現していたが、客観的にはこのクソ喰らうといった表現が近いであろう

何処にでも心ない言葉を吐く人はいる。一人でも辛いのに、グループとなるとたちが悪い

私も前向きに捉えていたし人にも恵まれたと思っているが、「あんなこと言われて辛いだろう」そう、同情されるくらい多いくらいの環境であった

うつ病からの復職はただでさえ困難なのに、この社会の環境も決して楽ではない

 

私自身もプライドはある。しかし、家族のためならばいくらでも捨てる。そう思って生きていたが、恥も汚さも受け入れる覚悟は思っていなかったようだ

復職を目指すときやっとそれを受け入れようと思った

普通の人は「クソを食べる人」を変人と呼ぶ

しかし、私はその人たちを勇気ある人と敬意を払う

うつ病からの社会復帰はそちらの方が大切なようだ

最低限のプライドをもって生きれればそれに越したことはない。けれど、それができなくなったとき、クソを食べずに生きるか、クソを食ってでも生きるか。

俺は、やはり後者の人間でいいと思うんだ

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